令和元年本山大相続講 秀円寺

5月27日(月)午前10時~午後3時まで、第一組のさぬき市長尾西 秀円寺において、本山大相続講が勤められました。
この日は少し曇り空でしたが、時折、心地よい風が吹いて、とても過ごしやすい一日でした。
また、50名を超える大勢のお参りさんが来られて、ほとんどの方が最初から最後まで熱心にご聴聞されていました。

本山大相続講とは、文政11年(1828)4月6日に興正寺第27世 本寂上人が「親鸞聖人のお念仏の教えを相続し、繁昌させてほしい」という願いを込めて、讃岐の地にご消息を下されたのがはじまりです。

この「相続」という言葉には、お念仏の教えを聴聞するための道場(本山)を護持してほしいことと、私たちがお念仏の教えをよく聴聞し、それを次の世代に正しく伝えてほしいという願いが込められております。

時代とともに法座の形態が変わり、現在は春に東讃教区各組を会所に勤められ、秋には高松興正寺別院において勤められております。
法話は一人20分程度の持ち時間で、複数の布教使が行います。
そのため、僧侶にとっては、布教使の育成の場にもなっています。
また、お参りさんにとっては、一度にたくさんの布教使のお話が聞ける、とても有り難い法座となっています。

午前10時に、僧侶とお参りさんで一緒に声を合せて『讃仏偈』をお勤めし、開講となりました。
その後、相続講委員長である第一組 大信寺住職の川田信五氏から挨拶がありました。
挨拶の後は、早速、法話に入ります。

午前の法話講師は、以下の通りです。

高松 和範 師(長覚寺住職)
安藤 弘浄 師(円徳寺住職)
岸上 雄志 師(重蓮寺住職)
赤松 円心 師(正行寺住職) ※落語「宗論」

安藤弘浄先生からは、阪神大震災でお父様を亡くされたフルート奏者の久保田裕美さんのお話がありました。
裕美さんのお父様は、進路相談のときに裕美さんの音大進学に苦言を呈して、よくケンカになっていたそうです。
そんな折、阪神大震災が発生し、仲直りができないままお父様が亡くなられてしまいました。
裕美さんは、目の前が真っ暗になり、悲しみのどん底で音大進学を諦めたそうです。
ところが、数日後、倒壊した自宅の瓦礫のなかからお父様が買ってくれたフルートが発見されました。そして、学校の先生から「お父様はあなたの音大進学を望んでおられましたよ」という言葉を聞かされました。
このとき裕美さんは、「お父さんとはケンカばかりしていたけど、本当は自分のことを応援してくれていたんだ」というお父様の本心を知り、音大進学を決意されたそうです。
裕美さんはその後、フルート奏者として活躍され、東日本大震災の後には、積極的に慰問演奏を開催されました。
「こんな自分でも誰かの役に立っているんだ」という気持ちが、裕美さんの音楽活動の原動力になっているという、心温まるエピソードを紹介してくださいました。

また、午前の最後には、赤松円心先生による落語で堂内を沸かせました。
赤松先生は寄鍋亭というグループに所属し、コミュニティセンターや福祉施設に赴いて、ボランティア落語の活動をされているそうです。
この日、披露してくださった演目は「宗論」という、宗教論争をテーマにしたお話です。
このお話は、浄土宗のお坊さんと日蓮宗のお坊さんの間で起こった論争を面白おかしく描いた狂言がもとになっているそうです。
落語版の「宗論」は、大正時代に益田太郎冠者が製作し、浄土真宗を熱心に信仰する旦那とキリスト教に傾倒した息子との論争を面白おかしく描いています。
論争の最後は、番頭さんが仲裁に入って「宗論はどちらが負けても釈迦の恥です」と述べ、その言葉に旦那がハッと我に返るというお話です。
赤松先生の軽快な喋りに、堂内は終始、大きな笑いに包まれました。

ここで午前の部が終了し、お昼はおときが進上されました。

おときは、秀円寺の婦人会の皆様が中心となり、うどんとバラ寿司、酢の物を振る舞ってくださいました。
この日はたくさんのお参りがあったため、順番におときをいただきました。
うどんは150玉用意されたそうですが、ほとんど残らないほどの大盛況でした。

午後1時、僧侶とお参りさんで一緒に声を合せて、『讃仏偈』をお勤めし、午後の部が開講となりました。

午後の法話講師は以下の通りです。

林 和英 師(覚善寺衆徒)
安本 正貴 師(正信寺住職)

法話の後は、秀円寺住職 佐々木隆寛氏によるご消息披露がありました。
ご消息披露とは、本寂上人が下されたご消息を原文のまま皆さんの前で読み上げるものです。

ご消息披露の後は、本山布教使 大信寺住職 川田信五師による復演がありました。
復演とは、ご消息の言葉が現代の人には少し分かりにくいため、ご消息のお心を分かりやすく伝えるためのお話です。

川田先生は、「浄土真宗の教義に『信心正因 称名報恩』とありますが、信心がなければお念仏を申してはいけないという解釈は誤りであり、信心があろうとなかろうと、お念仏を申すことに大きな意味があるのです」と、切り出されました。
そして、「円融至徳の嘉号は、悪を転じて徳を成す正智」という親鸞聖人のお言葉を紹介され、「お念仏には渋柿の渋味がそのまま甘味に変わるように、私の悪い心を転じて、朗らかな心にさせてくださる大きな功徳があるのです」と、お念仏を声に出して称えることの大切さを教えてくださいました。
また、今を生きるお年寄りに向けて、「お年寄りが愚痴ばかりこぼしていれば、きっと若い人も面白くありません。お年寄りが元気で朗らかに生活している姿を次の世代に見せなければなりません。昔のおじいさん、おばあさんが生きていた世界を思い出し、その姿に学んでいきましょう。仏法をよく聴聞し、仏教的なものの見方を養って、いい心がけとともに今日一日を朗らかに生きましょう」というアドバイスがありました。

最後は高松興正寺別院の輪番からお礼の挨拶があり、僧侶とお参りさん全員で『恩徳讃』を唱和して、閉講となりました。

今回の相続講のために場所を提供してくださり、当日もお手伝いをいただいた秀円寺の皆様をはじめ、準備と片付けを担当された第一組の皆様、当日のお手伝いを担当された相続講委員の皆様など、たくさんの方々のご協力を賜りまして、無事に本山大相続講を勤めることができました。
この法座に携わったすべての方に対して、厚く御礼を申し上げます。