令和8年 本山大相続講 会所:第四組 西福寺

5月21日(木)午後1時~3時まで、第四組の御坊町 西福寺において、本山大相続講が勤められました。

本山大相続講とは、文政11年(1828)4月6日に興正寺第27世 本寂上人が「親鸞聖人のお念仏の教えを相続し、繁昌させてほしい」という願いを込めて、讃岐の地にご消息を下されたことがはじまりです。

この「相続」という言葉には、お念仏の教えを聴聞するための道場(本山)を護持してほしいことと、私たちがお念仏の教えをよく聴聞し、それを次の世代に正しく伝えてほしいという願いが込められております。

時代とともに法座の形態は変わっていきましたが、現在は春に東讃教区各組を会所とし、秋には高松興正寺別院において勤められております。
法話は一人15分程度の持ち時間で、複数の布教使が行います。

午後1時に、僧侶とお参りさんで一緒に声を合せて、『讃仏偈』をお勤めし、開講となりました。
その後、相続講委員長の堀 淳乗氏(御坊町 勝法寺住職)から挨拶があった後、早速、法話に入りました。

この日の法話講師は以下の3名です。

千葉 政幹 師(専福寺衆徒)
藤原 友則 師(浄正寺住職)
安本 正貴 師(正信寺住職)

法話の後は、西福寺住職 河野有信氏によるご消息披露が行われました。
ご消息披露とは、本寂上人のご消息を代読させていただく作法です。
原本は扱い方が難しい巻物である上、昔の言葉や専門用語が多く使われております。

そのため、ご消息披露の後は、復演と言う、ご消息の心を分かりやすくお伝えするための法話を行います。
今回の復演は、本山布教使 中山町 妙楽寺住職の川田慈恵先生でした。

先生は「今日は雨でよかったですね」と切り出されると、「涙が蒸発して空気中に溶け込み、再び雨になって還ってくるのに80年かかる」というお話から、今日の雨は80年前の人の涙かもしれないこと。また、今日の涙は80年後の人に届くかもしれないことを回想され、「目に見えるものだけがつながりではありません」と教えてくださいました。

また、「阿弥陀さまはどんなお姿でどこにいらっしゃる仏さまか」というお話をしてくださり、ご本尊の阿弥陀さまは仮のお姿であって、「阿弥陀さまははたらきである」と教えてくださいました。

浄土真宗の阿弥陀さまは立ち姿をされておりますが、これは「私たちを救わずにはおれない」という、救いの形を表されているそうです。

そして、阿弥陀さまのご修行中の名前を法蔵菩薩と言い、法蔵菩薩は「すべてのいのちを虚しいものに終わらせない」という願いのもと仏さまに成られたことを教えてくださいました。

先生は3年前にお父様を亡くされましたが、「もう一度会いたい」という気持ちはなくならないと回想されました。

しかし、浄土真宗では「死去」という言葉でなく「往生」という言葉を使い、人としてのいのちを終え、仏さまとして浄土に生まれ、懐かしい人と再会し、また仏さまとしてこの世に還ると説かれることを教えてくださいました。

そして、死んだら終わりではなく、「仏さまとしてお出遇いできるいのちである」ことを強調されました。

「阿弥陀さまはどこにいらっしゃるか」という問いに対して、先生は恩師の言葉から「尽十方無碍光如来」という別名を紹介され、「すべての方向に邪魔されることなくはたらき続ける光の仏さま」として、「いないところがない仏さまです」と教えてくださいました。

それはつまり、「仏さまのお慈悲の中に私たちは生かされている」ということであり、私が「南無阿弥陀仏」と呼ぶところに阿弥陀さまがいらっしゃることを教えてくださいました。

その後、相続講副委員長の葛西一浄氏(円座町 相念寺住職)より挨拶があり、『恩徳讃』を唱和して閉講となりました。

準備から後片付けまで、西福寺門信徒の皆様、第四組の皆様、相続講委員の皆様のご協力を賜り、無事に本山大相続講を勤めることができました。

この法座に携わったすべての方に、厚く御礼を申し上げます。



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